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2011年03月18日(金)

ましあは今日も生きています。

【3月10日(木)】
愛猫、雪麿が逝った。
享年14歳。
老衰だった。
今までありがとう・・・。


【3月11日(金)】
雪麿を弔うために茨城の実家へ。
「ありがとう」って弔った後、母親の状態を見て2時間ほどたったら買い物に行こう、って思っていた矢先、震度6弱→震度6強におそわれる。
上手く立てない、歩けない。
なんとか母親を外に出し、空き地に止めてあった兄貴の車に寒さ対策で乗せる。
隣の家の瓦がかなり落ちていた。
近所に住んでいる幼馴染と、幼馴染の息子と、励まし合いなんとか過ごす。

家の被害はコップが割れたりモノが落ちたり。
家具は元の場所から移動しまくり、とにかくめちゃくちゃだった。
自転車でいける範囲の同市内ではライフラインが全て止まったけど、実家近辺はラッキーな事に停電はなかった。
近所は断水。
ただ、うちを含め周辺の古くからの家は井戸が多い為、電気があれば水が使えた。

旦那、家族、友人・・・中々連絡取れない。
夜には旦那と父親、全員ではないが友人と、連絡がついた。

父親は公務員の為、泊まりこみ・翌日出勤が決定。
旦那は電車の関係で会社に泊まる。

その夜は恐怖と不安でほとんど眠れなかった。


【3月12日(土)】
自分のことはともかく、要介護の母の為、買出し。
しかし食料はほとんど何もない。
やっとの思いでみつけたのは、母のダイスキなデコポンと少しの冷凍食品、普段だったら絶対買わない高いレトルトカレーが数個。
とりあえず、少し購入して、帰宅。

旦那から帰宅したと夕方連絡。
上の階の水道管が破裂した為、自宅が水没。
旦那は難を逃れたソファーで一晩を過ごしたそうだ。

連絡の取れなかった友人から、少し連絡がくる。

その日もほとんど眠れなかった。


【3月13日(日)】
少ししっかりしてきたので、近所に「うちで水が使えます!使ってください!」とまわる。
同じ市内に住む、小学生の息子がいる友人へ水を届ける。
寒さに対してドクターストップがかかっている母親の為に灯油、他に病気の処置に必要なものを買いに行く。
とりあえず1週間くらいもつ量の灯油を購入。
ジョイフル本田(土曜日もお店をやっていた)の強さを思い知る。
土曜にあいてなかったドラッグストアがあいていたので、母親が1週間食べる分の食事と病気の処置に必要なものを購入。
職場のお局様から連絡がくる。

「明日から通常出勤です」

このときまだ電車が動いておらず、自宅には帰れない。
その上浸水していて自宅で生活ができないという旨、説明したが、

「そうですか、でも明日から通常出勤です」

という感じのメールがかえってきた。


自然災害だから仕方ない、もっと酷い状況の地域だってある。
それはわかってたけれど、自宅は水没、ダメになったものの補償は管理会社は出さないの一点張り、電車が動かないので自宅に帰ることもできない。けど、会社にこい、仕事をしろ、普通に生きろと言われる。
こんな状況で「普段どおりの生活」を求められることが何より辛かった。目の前が真っ暗になった。

そんな中、勇者さまが体調が悪いのをおして泊めてくださった。
他の友人もお前の味方はたくさんいる、何かあったらすぐうちに来い、と言ってくれた。
心配してすぐに電話をくれた友人もいた。メールをくれた友人もいた。
ツイッターでも色んな友人たちが励ましてくれた。
本当に、本当に、ありがたかった。
旦那の父は管理会社に連絡し、なんとか補償を出させるように交渉してくれた。
普段はあまり(私とは)仲良くないが、さすが某P社の元営業だな、と感心した。

自分は一人じゃないんだと涙が出た。

実家に置きっぱなしの自分の車で、普段は1時間かからない道を何倍も時間をかけて自宅に戻る。
旦那を乗せて、勇者さま宅へ。

勇者さまはカレーを食べさせてくれた。
本当に美味しかった。


【3月14日(月)】
電車が動かず、出勤できず。
勇者さま宅で一日過ごす。
しかし、お局様に言っても無駄なので、お局様を通り越して係長に連絡。
係長が一生懸命今後の対応を考えてくださった。
本当にありがたい。


【3月15日(火)】
早朝3時頃、車がすいている時間に自宅に戻る。
少し片付けして寝床だけ確保し、仮眠。
起きたら片付けや掃除を再開。
この間も、困ったときはお互いさまだから、と電話やメールをしてくださった方々。
本当に心強かった。ありがとう・・・。
計画停電のグループで午後3時20分からという確認をする。
そして何故か午後12時50分から停電した・・・。

なんともならないので、とりあえず職場に顔を出した。


【3月16日(水)】
この日からなんとか落ち着く。


しかし、地震に対して酷いトラウマを受けている模様。
気持ち的には大丈夫って思っていても、揺れると身体の震えが止まらなくなる。

それでもましあは、今日も生きています。
これからもがんばります。


※東京都内、他普通の生活をしている方々へ
東北地方の被害の甚大さは十分にわかっている上であえてお願いします。
テレビで放映されていないですが、死者こそ少ないものの茨城の状況は酷いです。
特に県北は本当に酷いです。
ライフラインは何もない、家もない・あったとしても倒壊寸前、食べ物もない、燃料もない、そして支援も来ない。
余震に怯えながら、そんな状態でも東北の方々のほうが大変だからと我慢している。
そんな状態の地域もあるそうです。
食料や燃料の買占めは自重してください。
マスコミにスルーされた被災地・茨城を「テレビで放映されないから大したことない」と思わないでください。
急いで「普段どおりの日常」を求めないでください。
どうか、どうか、お願いします。
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